私ではなく、神が

キリスト教との出会いは小学校1年か2年のとき、学級文庫にあった聖書物語でした。公立小学校でしたが、後で聞いた話では、担任の先生はクリスチャンであったようです。何気なく開いたページには「善きサマリヤ人」の物語がありました。「サマリヤ人(びと)」という不思議なルビや、美しい挿絵に惹かれて読み、何と良いお話だろう、「聖書」って何だろう、と子供心に思ったことを覚えています。

その後、キリスト教について知るほどに、教会という場所に行ってみたいという気持ちが強くなっていきましたが、家族や親戚にクリスチャンはおらず、誘ってくれる友人に出会うこともなく大人になりました。少しでも近づきたくて、自分で聖書を開いたり、クリスチャン作家の小説を読んだり、讃美歌を覚えたりしましたが、知り合いもいない教会に一人で出掛けていく気にはなかなかなれませんでした。

ようやくその一歩を踏み出せたのは、25歳になる直前のことです。当時、都内の中高一貫校で教師をしていましたが、いくつか候補のあった就職先からそこを選んだのも、キリスト教主義の学校であったのが理由の一つでした。初めてキリスト教に接点のある環境に身を置くことができましたが、教職員に対しては特に教会に行くことが勧められるわけではありません。すぐにはきっかけの訪れないまま、3年目に中学1年生の担任を持つことになりました。

それまで担任していた高校生と違い、ピカピカの1年生は学校生活のすべてが新鮮で、中でもキリスト教には初めて触れる生徒がほとんどです。宗教に関することは聖書の先生の担当なのですが、何も知らない新入生ということで、クラス礼拝の指導をしたり、讃美歌を教えたり、献金の意味を説明したりと、担任にも「出ざるを得ない」幕がたくさんありました。「日曜日にはぜひ教会へ」と、生徒に対してだけでなく、保護者会で話す場面もありました。

自分は一度も教会に行ったことがないのに、こんなことを言って良いのだろうか?教会に行ったことのない先生はほかにもたくさんいて、誰に咎められることもありませんでしたが、そんな気持ちで自分を後押しすること半年、9月のある日曜日、「今日こそ行こう!絶対行こう!」と勇気を奮い起こして出掛けたのでした。

ようやく教会に行くことができて、本当に嬉しかった。あまりに嬉しくて、その後ずいぶん長いこと、教会に行っていることを誰にも話しませんでした。もちろん隠していたのではなく、大切すぎて、必要もないのに触れる気になれなかったのです。

こうして「やっと教会に行くことができ」てから何度目かの日曜日、朝からバタバタして礼拝に遅刻しそうになり、走って息切れして10時半ぎりぎりに礼拝堂に入り、あー良かった間に合った、今日もちゃんと教会に来ることができた・・・とほっとして席に着いたとき、礼拝の冒頭の祈りの言葉がはっと耳を打ちました。「・・・今朝もこうしてこの場所に私たちを集めてくださり・・・」。

そうか! 私は自分で長いこと願い、諦めることなく、頑張って教会に来た、そう思っていた。今日も遅刻しそうになっても走って間に合わせた自分に満足していた。でもそうではなかったのだ。私ではなく、神様が、私を教会に連れてきてくださったのだ。

「私ではなく、神が」。その目で周囲を見回すと、何もかもが今までとは違う新しい光に照らされ、経験したことのない不思議な喜びが体中に溢れてくるような気がしました。拙い気づきではありましたが、それが本当の始まりでした。それまで一生懸命聖書や小説を読み、自分なりに理解したつもりでいましたが、こんな大切なことに全く気づいていなかった浅はかさ、傲慢さを示され、神様どうか教えてください、と祈りました。

教会に通い始めはしましたが、その頃ちょうど仕事のことで、悩んでばかりの毎日でした。私生活でも結婚という大きな変化があって間もなく、高校から中学へと担当が変わり、授業をするにも、生徒と接するにも、それまでと同じ意識では通用せず、自分の能力不足を痛感し、朝の通勤電車の中で胃がキリキリと痛みました。もともと、進学か就職か迷った末に選んだ仕事だったので、「やはり自分は教師に向いていない」と逃げの思考回路にはまりこみ、遂に「体調が良くないので非常勤講師にしてください」と主任の先生に相談しました。

神様は不思議なことをなさいます。教会に行ったのはその直後でしたが、そうした仕事の悩みの解決を求める気持ちは私には全くありませんでした。主任の先生は親切にも、あと1ヶ月よく考えなさいと時間を下さいました。ところがその1ヶ月間に、私の気持ちは180度転換してしまいました。

確かに自分は教師に向いていない。けれど神様はむしろそれゆえにこの仕事を私に必要なものとして与えられたのかもしれない。「私が」どうしたいかではない、「神様が」私に何を望んでおられるか、それにお応えしよう。そこから新しく始めよう。そう思い至ったとき、それまで自分で努力することでは決して出てこなかった力が、湧いてくるのを感じました。

あんなに自分勝手で、逃げ出すことばかり考え、そのために辛くて仕方がなかったのに、今は働けることが嬉しくて、心が躍っている。その変化はあまりに劇的で、最初は自分でも半信半疑でした。何度も自分で自分の気持ちを確かめ、とうとう自分から主任の先生に「やはりこのまま頑張ってみようと思います」と申し出ました。

主任の先生がそれを暖かく受け容れてくださったのは有り難く幸いなことでした。それからほどなくして、これも不思議なことに、私ではなく夫が、突然仕事を辞めて大学院に行くことになりました。私は働かざるを得なくなったのです。このときのために神様は前もって、喜んで働ける私にしてくださった。どんなに感謝してもしきれない気持ちでした。

最初の日曜日から半年ほど経ったとき、牧師先生から洗礼を受けるようにと勧められ、私もぜひそうしたい気持ちをお話ししましたが、自分だけでなく周囲の状況を考えて、その時はとうとう決心がつきませんでした。

それからもう17年近く経ってしまいました。しかし今、洗礼の恵みに与ることのできる喜びの中で振りかえり、この年月も、私に必要な道のりとして、神様が備えてくださったものに違いないと思うのです。幼い子供二人との生活に追われ、近所に教会もなく、ほとんど礼拝に出席できなかった数年もありました。その間に、子育ての難しさや忙しさとは別に、それまで想像もしなかった悩みの中に投げ込まれ、苦しんだ時期もありました。最も辛かったとき、祈ろうという気持ちに全くならない自分に気づき、驚き、がっかりしたこともありました。それなのに、一方でかつての喜びや感謝の記憶は鮮やかで、神様を否定することもできないのです。どうしていいか分かりませんでした。

子どもたちがキリスト教主義の幼稚園に通ったのをきっかけに、2005年のクリスマスに国立のぞみ教会に導かれ、再び毎週の礼拝を守ることができるようになりました。教会学校で子供たちが歌ってくれた「足跡」の詩が好きです。初めて知ったのはまだ学校に勤めている頃で、その時もとても感動したのに、その後一番辛かったとき、どうしてだかこの詩のことは心に浮かびませんでした。

あの頃まさにイエス様は私を背負って歩いてくださったのでしょう。今では私はまた自分の足で歩き、隣を歩いておられるイエス様の顔が見えるようになりました。そしてようやくそのことに気づいたのです。

長いこと迷っていた私をもしっかりととらえてくださり、どんな時も共にいてくださる神様の、尽きることのない恵みに感謝しながら生きていきたいと思います。