こんな大きな恵みのために

初めて国立のぞみ教会に訪れたのが2006年の7月でした。教会にはまったく行ったことのない私がなぜこの教会を突然訪ねたかといえば、それは渡辺和子さんの著書『愛と祈りで子供は育つ』を読んだからでした。親の反対を押し切って家を飛び出すように結婚した私が、4歳の娘を連れて実家に戻ったものの、やはり両親との関係は一向によくならず言い争いが絶えなかった頃です。

その本をふと書店で手にとったわたしはそのまま近くのカフェであっという間に読み切り、その場で号泣したのを覚えています。自分が一番苦しいときに誰よりも一番両親にだけは真実を相談することができないという両親との関係の中で、いつか娘が私にも相談できずに困ったことがあったら、どこか逃げれる場所を作ってあげたい、とこの教会の扉の前まできたのでした。

牧師のお連れ合いであるNさんが私に気付いて「良かったら中へどうぞ」、そういってくださいました。中では何人かの方がいてお茶をしながらお話をしました。快く私を受け入れてくれる教会という場所に、そのとき私はどうしていいのかわからずに、ただ皆さんの善意が苦しく、戸惑ってしまいました。

その後、ゴスペルを歌う機会に恵まれ別の教会へ通うようになりました。もう両親との関係も限界に近く、ある日私は娘の育児について母親と大喧嘩をしました。母は私を育てた29年間を振り返り「あなたはいつもみっともないことしかしなかった。どれだけあなたのせいで恥をかかされたことか。あなたはそういう人間なんだ」。そう言いました。そんな私がまともに娘を育てられるはずもなく、ただ苦しめていると。私もそれまでの人生のありったけの憎しみをそのまま口にして泣きながら家を飛び出し、娘と二人で暮らす家を探しました。

実家を出て娘と二人で暮らす、なんて決して両親が許すわけもないので、勝手に家を決めて置手紙だけを残して飛び出るつもりで両親に手紙を書きました。めちゃくちゃに両親を否定した手紙を書きました。でもその夜私は、自分の胸がえぐられるような痛みの中で、不思議と今までの人生の中で私が傷つけてきた全ての人たちの痛みを感じたのです。そして神様に向かって祈っていました。「どうか、このように人の心をえぐってきた私を許してください。そしてどうかその全ての人たちの傷をあなたが癒してくださいますように」と。

それからもう一度両親への手紙を書きなおしました。『神様、どうかこの手紙をあなたがともに書き終えてくださいますように。』と祈ってから。書き終えた文章は驚くほどに穏やかで、両親へ向けた沢山のみ言葉に溢れていました。

そのときの私は、もう神様を信じるとか信じないとかそんな段階ではなく、あっという間に神様に捕らえられていました。こうして初めて教会を訪れてからわずかに半年で私は洗礼を受けました。

振り返ってみると私は、小学生のころから夜になるとよく泣きながら神様に祈っていました。

「どうしていい子でもない私を神様はつくったのですか? こんな私はここにいる意味があるのですか?」と。それから神様は29年もかけて私を捉えてくださいました。正直、もっと早くになぜ私を呼んでくださらなかったのだろう、そうしたら私はもっとまともに、もっと人を傷つけることなく生きてこれたのに、そう思うくらい苦しい29年間でした。

けれど今、一度は離婚をした私がこうして娘とYさんと3人でまた新しく家族を作ることを許され、この国立のぞみ教会に導かれ転入することができたことは、私の31年の人生の中で本当に深い恵みの時だと感じています。神様はこんなに大きな恵みのために私を小学生ではなく29歳まで待っていてくださったのだと、きっとその時々にはあまりに酷くて神様も私を呼びたくなるような日々があったのではないか、それを神様は辛抱強く待っていてくださったのだと、ただただ感謝しています。

そして、何にも増してこのような私を快く暖かい愛情を持って受け入れてくださる国立のぞみ教会の皆様に出会えたことを心から深く感謝しています。