教会で育つ恵み

わたしが国立愛児園に入園した年に、母が目白教会から国立のぞみ教会に転入会をしました。わたしと妹はその頃から日曜学校に通うようになり、6年生まではほぼ毎週通っていました。日本が高度成長期だった当時、クリスマスには180人くらいのこどもたちが教会に集り、K長老が勢いよくゲーム指導してくれたことを今でもよく覚えています。

毎週の礼拝では聖書の御言葉から、「あなたの神である主を愛しなさい」「隣人を自分のように愛しなさい」など大切な掟を教えられました。教会では、大勢の友だちといるときでも、いつも名前を覚えられ、大切にされ、安心した気持ちでいられました。

中学、高校生時代、教会から足が遠のいていた時にも、教会から手紙を受け取ったり、クリスマスのお誘いを受けて、「いつも覚えられている」と感じました。

高校3年生の時に受験で挫折して、再び礼拝に通うようになりました。青年会ではローマの信徒への手紙を読んでいて、テキストは難しいのに心が燃やされました。この頃は人間関係でも困難を覚え、自己否定的でしたが、それでも「愛する者よ」と呼びかける声が、両親、教会の牧師・CS教師や友人からそれぞれ異なった言い方でわたしに伝わってきました。その人たちは大変な忍耐と辛抱強さをもって教え導いてくれたのだと思います。20才の時に、4人の仲間と共に洗礼に授かりました。

今、振り返ってみると、嬉しかったことも悲しかったことも、良いことも悪いこともすべて神さまの愛を通して見る時、今日のわたしという人間を作り上げている大切な出来事として受け止めることが出来ます。

聖書には「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。」(ヨハネ10:11)という、一匹の羊を追い求めるイエス様の姿が描かれています。失われた者を見いだして、異常なまでに喜ぶ羊飼いの喜びに、共に巻き込まれつつ、道を求めて教会の門をたたく人々に、神さまの愛を伝えてゆく者として、わたしたちが用いられたらいいですね。

国立のぞみ教会がこれからも、ひとりひとりが大切な人として受け入れられ、キリストの体の完成を目指して、いつものぞみをもって歩む教会であり続けますように。