受洗の証し

私が初めてキリスト教に出会ったのは、幼い幼稚園の頃、神戸のヨハネ幼稚園でした。クリスマスの日、イエス・キリスト誕生の劇、讃美歌「もろびとこぞりて」の合唱、そして美しいクリスマスカードを頂いたときの楽しかった思いが消える事なく私の心の隅に住み続けていました。そして娘たちも高校まで一貫教育のカトリックの学校を卒業いたしました。

のぞみ教会とのご縁は、オープンチャーチのチラシと日頃気になっていた自宅近くの電柱にあったのぞみ教会の礼拝への招きが目に留り、のぞみ教会の礼拝に出席させていただくようになり一年半になります。

その間、礼拝に出席させて頂きました日には、とても心が落ち着き、幸せな気分になり、毎日曜日を楽しみに思うようになりました。そして唐澤先生より信仰入門の学びの時を頂くようになりしばらくして、これまで迷ったり、心穏やかでない事があった時には、自分の思いを一方的に通したり、感情的になってしまっていた私の性格が少しずつ少しずつ変化してゆく様になるのを感じました。

時には「神様……」と神様の存在を意識するようになっている私自身に気づき、ハッと驚く時がしばしばありました。しかし、その頃の私にはまだ神様を心より信じることには抵抗がありました。

そのような思いのさなか、唐澤先生より受洗のお話をして頂き、一瞬大変嬉しく思いましたけれども、その時の私にはまだどうしても受洗を受け入れられない、受ける気持ちにはなれない思いでしたので、その気持ちを唐澤先生にお話しさせて頂き「将来受洗させて頂く意志はありますが、今回は延期させて頂きたい」と返事をさせて頂きました。

そのような時、M長老に少しお話をさせて頂く機会に恵まれ、M長老も受洗を考えられた時には大変迷われたそうですが、ある時「ストーン」と迷いが取れた時があり、受洗を決心されたとうかがい「それでは、私もそのようなストーンとした思いに出会うまで受洗を延期します」とお話しさせて頂き帰宅いたしました。

ところがその翌日の事、それも早朝に思いもよらぬ神様のお導きがありました。M長老がおっしゃっていた「ストーン」とした思いとはこのような事だったのかしら? あまりにもタイミングがよすぎて恐いくらい……。「嘘でしょ? 本当?」と自問自答を繰り返しながら信じられない思いと喜びでいっぱいになりました。

日頃疑い深い私ですが、さすがにこの時ばかりは心より神様の存在を信じ、感謝いたしました。そしてすぐに唐澤先生に受洗の意志を伝えました。先生は喜んでくださり、お祈りをしてくださいました。大変嬉しく思いました。

今、私は神様、イエス・キリストに招かれ受洗の決心をすることができましたことを心より信じ、受洗の証しとさせていただきます。